KAERU-NO-UTA

ソプラノ 佐々木美歌 のんびり日記

終演後のお見送りについての一考察

先日、友人の出演するコンサートに出向いた時、終演後にこんな会話を耳にしました。

 

「なんだ、終演後にロビーに出てこないんだね。残念すぎる。写真を撮りたかったのに。」

 

よく、"お見送り"と称して、演奏家たちがロビー出口などでお客様たちと歓談している場面がありますよね。

 

非日常の、華やかな衣装を纏った演奏家たちに、快く労いの声をかけてくださったり、「一緒に写真いいですか?」と仰っていただいたり…有難い気持ちでいっぱいです。

 

(ちなみに、無断でパシャパシャ写真を撮られるのは個人的に好きではありませんし、撮った写真をまたもや無断でインターネットに挙げられるのも好きではありません。ご厚意でそうしてくださっている方々には大変申し訳ありませんが、これは未だにどうしても慣れないことの一つです。)

 

ただ。

 

先頭に挙げた一言を聞いたり、ネットなどで見たりした時に、いつも思うことがあります。

 

 

それは、私の先生からいただいた言葉の中で印象的だったお話。

 

よく、"舞台には魔物が住む"といった言われ方を耳にすることがありますよね。

さまざまな解釈があるのでしょうけれど、その通り、舞台上は人にとって神聖な場所だと思うのです。

 

芸大に数回講義にいらっしゃった坂東玉三郎さんが、講義の中で、「芸術家は神様の世界と人間の世界を繋ぐ役割」なのだと仰っていました。

その言葉を私なりに解釈してみると、芸術家は、神様(今回はこのような言い回しですが、もっと広義の意味)の世界を垣間見せる鏡、もっと突っ込んで言えば、芸術家は、舞台の上で、お客様をその世界に誘うことのできる道案内人。

 

そう考えると、舞台上で身につける衣装や小道具などは、基本的には全て俗的な世界からは切り離されたものとして扱わなければいけないのだと思うのです。

 

「演奏が終わったら、衣装のままお客様へご挨拶に伺うことは極力しないようにね。舞台の世界のものを引きずったまま外の世界へ出るなんて、本当の舞台人の姿ではありません」

 

先生はもっとステキな表現をされていたのですが…自分を通すとなんともつっけんどんになりますね(笑)

 

 

 

何が言いたいのかと申しますと、ホールの撤収時間も余裕があり、なおかつ体調が芳しくないわけでもない、そんな状況下であっても、出演者がホワイエやロビーに出てこない場合、ロビーに出て来た時にすでに衣装を着替えている場合は、そんな考え方をしている演奏家もいるのだな、ということを、心の隅に置いておいていただけると嬉しいな、ということなんです。

 

色々な考え方がありますから、これが正解!というわけでもなく。

私自身も、衣装を着てご挨拶に出たことなんて何度もあります。

ですが、主催の方などに「そのままお見送りして!」と言われない限りは、着替えてお見送りをするか、時間が許さない場合には、お見送りができないこともあるのです。

 

 

こんな拘りの他にも、ホールの使用時間や、試験後すぐに先生方との口頭試問などといった事務的な理由であったり、体調の状況などを鑑みたり、貸し衣装などを早急に返さねばならなかったり(個人的な事情で万が一にも汚すなんて言語道断ですから…)、主催の判断であったりと、様々な理由があって、着替えていたり、出てこられない場合もあります。

 

 

衣装を着てお見送りする、そもそもお見送りをしないに関わらず、絶対的に不変なのは、お客様に感謝していない演奏家なんて、一人もいないということ。

 

例えロビーに出てこなくとも、どの演奏家も必ずお客様には感謝しております。

そしてその感謝の気持ちは、ステージの上で表現しようと、常日頃頑張っています。

 

ですから、そんなことがあった時は、「事情があるのだろうな…」と、暖かく見守っていただければ幸いです。

 

 

以上、最近の様々なコンサートで思う、終演後のお見送りについての一考察を、記事にさせていただきました。

 

 もう一度申し上げますが、これもまた人それぞれ、時代それぞれの考え方なのだと思います。

 

特に昨今、芸能人と芸術家の境が曖昧になりつつある状況の中では、なおさらです。

 

「古いよそんなの!今の時代じゃやってけないよ!」とおっしゃる方のご厚意も、本当に有難い気持ちで受け止めつつ、そろそろ自分なりの在り方を考えなければいけないななどと、つらつら考えている今日この頃です。

 

 

 

 

Haruka.